坂東玉三郎八千代座公演演目解説 松竹提供
明治43年に建てられた八千代座は、江戸時代の芝居小屋の匂いを感じさせる数少ない建造物として、
昭和63年に国の重要文化財に指定され、今年で百周年の節目を迎えました。この歴史と趣ある芝居小屋で、
平成2年から始まった坂東玉三郎特別舞踊公演は、今年、二十周年を迎えます。記念すべき年の記念すべき公演に相応しく、
『羽衣』、『吉野山』の二演目と『お目見得口上』という豪華なプログラムをお届けいたします。
『お目見得口上』
「口上」とは「口頭で用件を伝える」ということですが、歌舞伎における「口上」は、
俳優が舞台からお客様に向かい、御挨拶を述べることを言います。
裃姿に威儀を正した俳優が、ご当地へ赴いた御挨拶を述べる『お目見得口上』は、
舞台と客席により親近感を感じさせるものとなります。八千代座の本公演では、
一昨年、初めて『お目見得口上』が上演されましたが、
本年は、玉三郎と中村獅童二人の『口上』をお楽しみ下さい。
『羽 衣』
古来、巷間に流布した「羽衣伝説」は、アジア全域に残っています。日本では、
すでに奈良時代の『風土記』にその記載が見られ、各地に類型の話が伝わっています。
中でも駿河国(今の静岡県)の三保の松原を舞台とした伝説は多くの人々に知られています。
この物語を典拠とした作品の中に、能楽の『羽衣』があります。能の大成者として知られる
世阿弥の作とも言われるこの曲を基に、明治31年(1898)1月、東京の歌舞伎座で初演されたのが、
歌舞伎舞踊の『羽衣』です。これは能の詞章を取り入れた「能取り物」と呼ばれる一系統に属する演目で、
能の形式を踏まえながら、歌舞伎の雰囲気を備えた格調高く、華やかな作品です。
?風早の三保の浦曲の漕ぐ舟の」という謡曲を模した謡ガカリとなり、漁師の伯竜が登場します。
そして、羽衣を見つけて立ち去ろうとするところ、天女が現れ、羽衣を返して欲しいと願います。
その願いを伯竜が拒むところ、これを嘆いた天女が、その悲しみを舞に託して見せます。
その様子を憐れんだ伯竜が羽衣を返すと、天女は喜び、その返礼として、
天上界の月宮殿での舞楽を見せることを約束します。
やがて、?春霞たなびきにけり久方の」から、鞨鼓を付け、羽衣を身に纏った天女が見せる「
駿河舞」が、この作品中、随一の見せ場となります。これに続き、?まさしく春のしりしかや」からは、
能を模した典雅な舞を見せながら、天女は天界へと戻って行きます。
能の幽玄味と幻想的な雰囲気を漂わせる、雅やかな歌舞伎舞踊の名作をお届けいたします。
『吉野山』
今回上演される『吉野山』は、代表的な道行物≠ナ本名題を『道行初音旅』といい、三大名作のひとつである
『義経千本桜』の一場面です。
「道行」とは、目的地までの行程と旅の様子を描いたもので、能、狂言、浄瑠璃、
そして歌舞伎舞踊でも盛んに用いられている様式です。『吉野山』はこれを用い、
義経の愛妾の静御前と佐藤忠信が、義経が匿われている川連法眼の館を目指す道中を描いています。
原作の人形浄瑠璃では、春まだ浅い雪の吉野山であるのを、歌舞伎では桜の咲き誇る吉野山山中に変え、
歌舞伎舞踊の中で数ある「道行物」の中でも屈指の人気演目となりました。
今回は原作の雰囲気を味わうことの出来る竹本の演奏による上演となります。
源義経から形見として渡された初音の鼓を携えた静御前は、恋人の義経の後を追い、
桜が満開の吉野山と分け入ります。そして、鼓を打ち鳴らすところ、義経の家臣の佐藤忠信が姿を現します。
実はこの忠信は、初音の鼓の革に使われた千年の功を得た夫婦の狐の子で、親にも等しい鼓を慕い、附き従っているのです。
吉野山へと辿り着いた静御前は、辺りの景色を愛でた後、田舎踊りや万歳を踊ります。
この静御前の見せ場に続き、忠信が登場、ふたりの華やかな連れ舞となります。
そして、屋島の合戦の様子を忠信が見せる「軍物語」は、忠信のしどころです。
華やかな中にも哀感漂う名作を、玉三郎の静御前、獅童の忠信でご覧頂きます。